白雪姫といえば、魔法の鏡、美しいお姫様、七人の小人、そして毒りんご。
誰もが一度は耳にしたことのある、世界的に有名な童話です。
しかし、私たちがよく知っている『白雪姫』と、グリム兄弟が残した物語には、意外な違いがあります。
1812年に刊行された初版では、白雪姫の命を狙う王妃は、実は継母ではなく実の母親でした。
さらに、王妃が白雪姫に仕掛けた恐ろしい罠や、物語の最後に待ち受ける残酷な結末も、現代の映像作品から受ける印象とは大きく異なります。
なぜ物語は書き換えられたのでしょうか。そして、原典にはどのような結末が描かれていたのでしょうか。
今回は、グリム童話『白雪姫』の1812年初版と1857年の第7版を比較しながら、よく知られた物語の知られざる一面を読み解いていきます。
誰もが知っている『白雪姫』の物語
昔々、ある国に白雪姫という美しい少女がいました。
白雪姫の美しさを妬んだ王妃は、魔法の鏡から白雪姫が自分より美しいと告げられると、彼女の命を狙うようになります。
森へ逃れた白雪姫は、七人の小人たちと暮らし始めます。しかし、王妃は老婆に姿を変えて白雪姫に近づき、毒りんごを食べさせてしまいます。
倒れた白雪姫はガラスの棺に納められ、やがて王子との出会いをきっかけに目を覚まします。
そして王子と結ばれ、幸せに暮らしました。
これが、一般的によく知られている『白雪姫』の物語です。
しかし、グリム兄弟が残した原典を読み解くと、私たちが知っている物語とは異なる、いくつもの驚くべき展開が描かれているのです。
グリム童話の初版と後期版は何が違うのか?
『白雪姫』は、グリム兄弟が1812年に刊行した『子どもと家庭のための昔話集』の初版に収録されています。
しかし、現在よく知られている物語は、初版の内容がそのまま伝わったものではありません。
グリム兄弟は物語を繰り返し改訂し、1857年には第7版が刊行されました。
その過程で、登場人物の設定や物語の細部にも変更が加えられています。

1812年の初版では実の母親だった
初版の『白雪姫』で、主人公の命を狙う王妃は、なんと白雪姫の実の母親でした。
王妃は自ら白雪姫を産み、その美しさを喜んでいたにもかかわらず、成長した娘が自分より美しくなることを許せなくなります。
魔法の鏡が白雪姫の美しさを告げると、母親の嫉妬は殺意へと変わっていきました。
つまり、初版で描かれていたのは、継母と娘の対立ではなく、実の母親が娘の命を狙うという、さらに衝撃的な物語だったのです。
1819年の第2版で継母へ変更
1819年に刊行された第2版では、この設定が大きく変更されます。
白雪姫を産んだ王妃は出産後に亡くなり、国王が新たな妻を迎えるという展開が加えられました。
こうして、白雪姫を苦しめる王妃は実母から継母へと変わったのです。
なぜグリム兄弟は、このような変更を加えたのでしょうか。
研究者の間では、実の母親が自分の子どもを殺そうとする設定を避け、家族や子どもにも受け入れられやすい物語へ整えようとした可能性が指摘されています。
ただし、グリム兄弟がこの変更の理由を明確に説明したと断定できるわけではありません。
1857年の第7版までの改訂と、変わらなかった要素
グリム兄弟は、その後も物語の表現や細部を修正し続けました。
1857年の第7版は、兄弟の生前に刊行された最後の版にあたります。
しかし、すべての残酷な場面が取り除かれたわけではありません。
王妃が白雪姫の命を狙うこと、毒を使った襲撃、そして結婚式で王妃を待ち受ける恐ろしい結末は、後期版にも残されました。
つまり、『白雪姫』は改訂によって一部の設定が変わったものの、物語の根底にある嫉妬や残酷な報いまで消されたわけではなかったのです。
原典に描かれた王妃の恐ろしい行動
『白雪姫』に登場する王妃は、単に美しさを競い合うだけの人物ではありません。
グリム童話の原典では、その嫉妬が恐ろしい行動へと発展していく様子が描かれています。
特に注目したいのは、白雪姫の殺害を命じた際の要求と、王妃自身が繰り返した襲撃です。
猟師に命じた白雪姫の殺害
白雪姫が7歳になった頃、魔法の鏡は王妃ではなく白雪姫こそが最も美しいと告げます。
激しい嫉妬に駆られた王妃は、猟師に白雪姫を森へ連れ出し、殺害するよう命じました。
しかも、ただ命を奪うだけではありません。
王妃は殺害の証拠として、白雪姫の肺と肝臓を持ち帰るよう要求したのです。
しかし、猟師は幼い白雪姫を哀れに思い、逃がしてやります。
そして代わりに動物の肺と肝臓を持ち帰り、王妃に差し出しました。
持ち帰られた臓器を食べる王妃
ここから、さらに恐ろしい展開が待っています。
猟師が持ち帰った肺と肝臓を、王妃は白雪姫のものだと信じ込みます。
そして、それらを調理させ、自ら食べてしまうのです。
原典では、この行動が王妃の残酷さを際立たせています。
王妃は、白雪姫を殺害したと思い込むだけでなく、その臓器まで口にしたことになります。
もちろん、実際には猟師が持ち帰った動物の臓器でした。
しかし、王妃自身はその事実を知りません。
この場面からは、美しさへの執着が、王妃の判断や行動をどれほど歪めていた
白雪姫は王子のキスで目覚めたのか?
『白雪姫』と聞くと、王子のキスによって眠りから目覚める場面を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
しかし、グリム童話の原典では、白雪姫は王子のキスで目覚めたわけではありません。
そこには、まったく異なる出来事が描かれています。
毒りんごを食べて倒れた白雪姫を、七人の小人たちはどうしても目覚めさせることができませんでした。
それでも白雪姫の姿は生きているかのように美しく、小人たちは彼女を土に埋めることができません。
そこでガラスの棺を作り、白雪姫をその中に納めて見守ることにしたのです。
やがて森を訪れた王子が、棺の中で眠るような白雪姫を見つけます。
王子はその姿に心を奪われ、棺を譲ってほしいと小人たちに頼みました。
小人たちは最初、どれほどの財宝を積まれても譲ろうとはしませんでしたが、王子の強い願いを聞き入れ、棺を託します。
そして、王子の召使いた
王妃を待ち受けていた残酷な結末
白雪姫が王子との結婚を迎えたとき、物語は幸せな結末へと向かっているように見えます。
しかし、グリム童話の原典では、ここで物語は終わりません。
白雪姫の命を何度も狙った王妃には、恐ろしい運命が待ち受けていました。
結婚式に招かれた王妃
白雪姫と王子の結婚式には、王妃も招待されていました。
王妃は美しい衣装に身を包み、式へ出席しようとします。
その前に、いつものように魔法の鏡へ問いかけました。
「鏡よ、鏡。この国で一番美しいのは誰?」
ところが、鏡は王妃ではなく、若い王妃こそが最も美しいと答えたのです。
その答えを聞いた王妃は、激しい怒りと不安に襲われます。
それでも好奇心を抑えられず、結婚式へ向かいました。
そして会場で花嫁の姿を見た王妃は、驚愕します。
そこにいたのは、死んだはずの白雪姫だったのです。
赤く焼けた鉄の靴
王妃が白雪姫の姿を目にしたとき、すでに恐ろしい罰が用意されていました。
グリム童話の原典には、鉄で作られた靴を炭火で熱する場面が描かれています。
靴は火によって赤くなるまで熱せられ、王妃の前に運ばれました。
そして王妃は、その熱い鉄の靴を履かされます。
さらに、そのまま踊ることを強いられたのです。
王妃は踊り続け、ついには命を落としてしまいました。
これが、グリム童話の原典に描かれた王妃の最期です。
現代の映像作品では省略されることもあるこの場面ですが、1812年の初版にも、1857年の第7版にも残されています。

なぜこれほど厳しい罰が描かれたのか?
王妃の最期は、現代の感覚では非常に残酷なものに映ります。
しかし、昔話や童話には、善い行いが報われ、悪い行いには厳しい報いが訪れるという構造がしばしば見られます。
白雪姫の物語でも、王妃は自らの美しさに執着し、嫉妬によって何度も少女の命を奪おうとしました。
そして最後には、自分自身が恐ろしい結末を迎えます。
この展開は、王妃の行動に対する因果応報として読み解くことができます。
ただし、なぜ罰の道具として鉄の靴が選ばれたのか、その理由をグリム兄弟が明確に説明しているわけではありません。
そのため、鉄の靴の象徴的な意味については、原典に書かれた事実と後世の解釈を区別する必要があります。
『白雪姫』は、美しい姫が王子と結ばれるだけの物語ではありません。
人間の嫉妬や執着、そして悪行への厳しい報いまで描いた物語でもあるのです。
『白雪姫』はなぜ書き換えられたのか?
グリム兄弟が1812年に刊行した『子どもと家庭のための昔話集』は、最初から現在のような形で完成していたわけではありません。
兄のヤーコプと弟のヴィルヘルムは、ドイツ語圏に伝わる昔話を収集し、書物として残そうとしました。
しかし、物語集は刊行後も繰り返し改訂され、表現や登場人物の設定が変更されていきます。
その背景には、当時の社会や家庭における価値観、そして読者層の変化があったと考えられています。
初版には、現代の児童文学からは想像しにくい残酷な描写や、家庭内の対立を描いた物語も含まれていました。
グリム兄弟は版を重ねる過程で、物語の表現を整え、宗教的・道徳的な要素を強めるなどの改訂を行っています。
特に弟のヴィルヘルムは、物語の文章表現を整える作業に大きく関わりました。
『白雪姫』における実母から継母への変更も、こうした改訂の一例です。
実の母親が娘の命を狙うという設定を避けることで、母親像を守ろうとしたのではないか、という解釈があります。
ただし、これが変更の唯一の理由だったと断定することはできません。
また、改訂によって残酷な場面がすべて削除されたわけでもありませんでした。
王妃による白雪姫への襲撃や、結婚式での鉄の靴による処罰は、後期版にも残されています。
つまり、グリム童話の改訂は、単純に残酷な物語を優しい物語へ変えていく作業ではなかったのです。
現在私たちが知っている『白雪姫』は、古くから伝わる物語が収集され、書き直され、さらに翻訳や映像化を通じて広まってきた結果といえるでしょう。
そして、その変化をたどることで、一つの童話にも複数の姿があることが見えてくるのです。
動画で見る『白雪姫』
今回ご紹介したグリム童話『白雪姫』の知られざる結末は、YouTubeチャンネル「すきま時間のひとり言」でもショート動画として紹介しています。
動画では、後期グリム版に描かれた意外な展開を約60秒にまとめています。
一方、この記事では1812年の初版と1857年の第7版を比較し、王妃の行動や物語の改訂について、さらに詳しく解説しました。
動画と記事、それぞれの視点から『白雪姫』の世界をお楽しみください。
まとめ|知っているつもりだった白雪姫
誰もが知っている童話『白雪姫』。
しかし、グリム兄弟が残した原典には、現代の映像作品とは異なる、数々の驚くべき展開が描かれていました。
1812年の初版では、白雪姫の命を狙う王妃は実の母親でした。それが1819年の第2版では継母へと変更されています。
また、王妃は毒りんごだけでなく、紐や櫛を使って何度も白雪姫の命を狙いました。
白雪姫が目覚めたのも、王子のキスではなく、喉に詰まっていたりんごのかけらが外れたことによるものでした。
そして、王妃を待ち受けていたのは、赤く熱した鉄の靴を履かされ、命を落とすまで踊らされるという残酷な結末です。
こうした描写は、単に恐ろしい物語として片付けられるものではありません。
そこには、美しさへの執着、嫉妬、そして自らの行いに対する報いという、時代を超えて考えさせられるテーマが込められています。
一つの物語にも、時代や版によって異なる姿があります。
知っているはずの物語を、原典からもう一度読み直してみる。
そこには、まだ知らなかった発見が待っているかもしれません。
知ってるつもりを、もう一度。
参考資料・出典
本記事は、グリム兄弟の『子どもと家庭のための昔話集』に収録された「白雪姫」(KHM 53)を中心に、1812年の初版と1857年の第7版を比較して構成しています。
主な参考資料
- ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム『子どもと家庭のための昔話集』1812年初版、第1巻、第53話「白雪姫」
- 同書、1857年第7版、第53話「白雪姫」
- D. L. Ashliman 編・訳「Snow-White and other tales of type 709」ピッツバーグ大学公開資料
- D. L. Ashliman「Grimms’ Fairy Tales in English」グリム童話の英訳・版に関する文献案内
※本記事の日本語による物語紹介は、原典および参照した英訳をもとにした要約です。版による違いと、物語に対する考察は区別して記述しています。

