一寸法師といえば、小さな体で都へ旅立ち、鬼を退治して、打出の小槌によって立派な若者になる――。
そんな物語を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
ところが、古くから伝わる『御伽草子』の「一寸法師」を読んでみると、現在よく知られている物語とは少し違った姿が見えてきます。
とくに注目したいのが、一寸法師と姫との関係です。
そこには、現代の子ども向けの物語からは想像しにくい一寸法師の行動が描かれています。
なぜ物語は変化していったのでしょうか。
今回は『御伽草子』に描かれた一寸法師をたどりながら、私たちが知っている物語との違いを読み解いていきます。
私たちが知っている「一寸法師」
一寸法師は、日本の昔話のなかでもよく知られた物語のひとつです。
子どもに恵まれなかった老夫婦が、「どんなに小さな子でもいいから授けてください」と神様に願ったところ、やがて一寸ほどの小さな男の子が生まれます。
一寸法師と名づけられた男の子は、小さな体のまま成長し、やがて都へ出ることを決意します。
お椀を舟に、箸を櫂に、針を刀にして川を上り、都へ向かった一寸法師。そこで立派な家に仕えるようになり、あるとき姫のお供をしている途中で鬼に襲われます。
一寸法師は鬼に飲み込まれてしまいますが、鬼の腹の中から針で攻撃して退治します。
逃げた鬼が残していった「打出の小槌」を振ると、一寸法師の体は大きくなり、やがて姫と結ばれて幸せに暮らしました。
小さな体でも勇気を失わず、自らの力で運命を切り開く――。
現在では、そんな立身出世の物語として親しまれています。
しかし、『御伽草子』に描かれた一寸法師をたどってみると、このよく知られた物語だけでは見えてこない一面が現れます。
原典『御伽草子』に描かれた一寸法師
古い形の「一寸法師」を知るうえで重要な資料のひとつが、『御伽草子』に収められた「一寸法師」です。
物語の始まりは、現在よく知られている一寸法師と大きくは変わりません。
子どものいない夫婦が住吉の神に祈ったところ、やがて一寸ほどの小さな男の子を授かります。
しかし、何年たってもその体は大きくなりません。
やがて一寸法師は都へ上ることになり、お椀を舟に、箸を櫂に、針を刀にして旅立ちます。
都へ着いた一寸法師は、ある貴族の屋敷に仕えることになります。
ここまでなら、私たちが知っている一寸法師とそれほど違わないように思えます。
ところが、その屋敷で暮らす姫に心を寄せたことから、物語の雰囲気は大きく変わっていきます。
現代の昔話ではあまり語られることのない、一寸法師の「したたかさ」がここから描かれるのです。
姫を手に入れるために仕掛けた策略
『御伽草子』の一寸法師で、現代の物語との違いを強く感じさせるのが、姫をめぐる場面です。
屋敷で暮らすうちに、一寸法師は主人の娘である姫に思いを寄せるようになります。
しかし、身分も体の大きさも違う一寸法師が、そのまま姫と結ばれることは簡単ではありません。
そこで一寸法師は、ある策略を考えます。
神前に供えるための米を手に入れると、それを姫が眠っている間に姫の口元につけ、自分がその米を盗んだのではなく、姫が盗んだのだと思わせるように仕向けたのです。
そして主人に対して、姫が大切な米を盗んだと訴えます。
その結果、姫は屋敷を追われることになり、一寸法師は彼女とともに旅立つことになります。
現在よく知られている「勇気ある小さな英雄」という姿からすると、驚くような展開ではないでしょうか。
もちろん、この場面だけを取り出して現代の価値観で一寸法師を単純に「悪者」と決めつけることはできません。
重要なのは、古い物語の一寸法師には、勇気だけではなく、目的を達成するために知恵や策略を使う「したたかさ」も描かれていたということです。
この「策略家としての一寸法師」は、動画でも紹介しています。
そして物語はここから、私たちにもおなじみの「鬼」と「打出の小槌」へとつながっていきます。

鬼との戦いと打出の小槌
屋敷を離れた一寸法師と姫は、旅の途中で鬼たちと遭遇します。
ここからは、現在よく知られている「一寸法師」の物語にも残る、鬼との戦いです。
鬼は一寸法師を飲み込んでしまいます。
しかし、一寸法師はそのままでは終わりません。
鬼の体内から抜け出し、再び飲み込まれても目から飛び出すなどして鬼たちを翻弄します。
あまりのしぶとさに恐れをなした鬼たちは、一寸法師をただ者ではないと思い、持っていた道具を残して逃げていきました。
そのなかにあったのが、「打出の小槌」です。
一寸法師は小槌を手にすると、自分の背丈が大きくなることを願って打ち振ります。
すると願いどおり体は大きくなり、一寸法師は立派な姿へと変わりました。
さらに興味深いのは、鬼が残したものが打出の小槌だけではないことです。
『御伽草子』の本文では、打出の小槌のほかにも「杖」や「しもつ」と呼ばれるものなどを鬼が置いて逃げたことが記されています。
一方、当時の挿絵を見ると、打出の小槌とともに「隠れ蓑」や「隠れ笠」とみられる品も描かれています。
私たちには「鬼が残した打出の小槌」という印象が強く残っていますが、古い『一寸法師』をたどると、その場面にも現在とは少し違った姿が見えてくるのです。
一寸法師はその後どうなった?
打出の小槌によって大きな体を手に入れた一寸法師。
現在よく知られている昔話では、姫と結ばれて幸せに暮らしたところで物語が終わることもあります。
しかし、『御伽草子』の一寸法師は、それだけでは終わりません。
都へ戻った一寸法師は、やがて自分が由緒ある家につながる人物であることが明らかになり、姫と結ばれます。
そして宮中へ出仕し、さらに出世を重ねていきます。
つまり『御伽草子』の一寸法師は、単に「小さな少年が鬼を退治して大きくなる物語」ではありません。
神に願われて生まれた小さな主人公が都へ向かい、知恵や策略を使い、鬼との遭遇を乗り越え、最後には社会的な地位まで手に入れる――。
そこには「立身出世」という、もうひとつの大きな物語が描かれているのです。
小さな体から始まった一寸法師が、最後には大きく運命を変えていく。
そう考えると、「体が大きくなる」という出来事そのものも、一寸法師の出世を象徴する場面のように見えてきます。
なぜ私たちの知る一寸法師と違うのか?
では、なぜ現在よく知られている一寸法師から、姫をめぐる策略のような場面が見えにくくなったのでしょうか。
その変化を考えるうえで重要な人物のひとりが、明治時代の児童文学者・巌谷小波です。
巌谷小波は、1894年から1896年にかけて『日本昔噺』を刊行しました。
昔から伝わる物語を子どもたちに向けて再話したシリーズで、「一寸法師」も第19編として収録されています。
興味深いのは、この巌谷版では『御伽草子』に描かれていた姫への策略がなくなっていることです。
『御伽草子』では、一寸法師は姫を自分の妻にしたいと考え、策略を使って姫が屋敷を追われるように仕向けます。
ところが巌谷版では、姫は一寸法師を気に入り、外出するときにも一寸法師をお供として連れていく関係へと変わっています。
つまり、物語の大きな骨格を残しながら、一寸法師の人物像が変化しているのです。

御伽草子に描かれた一寸法師には、勇気だけでなく、目的のためなら策略も使う「したたかさ」がありました。
それに対して、子ども向けに再話された一寸法師では、そうした側面が薄れ、小さな体でも勇敢に困難へ立ち向かう主人公としての姿が前面に出てきます。
昔話は、何百年ものあいだ一字一句変わらず伝えられてきたものとは限りません。
語られる時代や読者によって、残される場面もあれば、削られたり、語り直されたりする場面もあります。
私たちが知っている一寸法師も、そうした長い物語の変化の先にある一寸法師なのです。
一寸法師から見えてくる昔話の面白さ
一寸法師という物語をたどってみると、昔話の面白さは「あらすじ」だけではないことが見えてきます。
小さな体で都へ向かい、鬼を退治し、打出の小槌によって大きくなる。
私たちがよく知るこの物語も、古い『御伽草子』までさかのぼると、一寸法師の人物像は少し違って見えます。
そこに描かれているのは、勇気だけを武器にする主人公ではありません。
目的を達成するために知恵を働かせ、ときには策略まで使いながら、自らの運命を切り開いていく人物です。
そして物語が子どもたちへ向けて語り直されていくなかで、そうした側面の一部は姿を消し、「小さくても勇気を持って困難に立ち向かう」という分かりやすい主人公像が前面に出るようになりました。
どちらか一方だけが「正しい一寸法師」というわけではありません。
古い物語と現在よく知られている物語を比べることで、その時代の人々が何を残し、何を語り直してきたのかが見えてきます。
知っているつもりだった昔話を、もう一度原典から読み直してみる。
そこには、子どものころには気づかなかった物語のもうひとつの姿が隠れているのかもしれません。
まとめ|一寸法師は「小さな英雄」だけではなかった
一寸法師といえば、小さな体で鬼に立ち向かい、打出の小槌によって大きくなった英雄――そんな姿を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、『御伽草子』までさかのぼると、そこには現在とは少し違った一寸法師の姿が描かれています。
姫に思いを寄せ、その目的をかなえるために策略を使う一面。
鬼に飲み込まれても屈せず、機転を利かせて窮地を切り抜ける姿。
そして打出の小槌によって大きな体を手に入れ、やがて社会的にも出世していく物語。
一寸法師は、単に「小さくても勇気があれば困難を乗り越えられる」というだけの主人公ではなかったのです。
さらに、明治時代に子ども向けの昔話として再話されていくなかで、物語の一部や主人公の人物像も変化していきました。
私たちが知っている昔話と、昔の人々が読んでいた物語。
その二つを比べてみると、知っているつもりだった「一寸法師」にも、まだ知らない姿が見えてきます。
昔話は、時代を超えて語り継がれるなかで姿を変えていく――。
それもまた、昔話を読み直す面白さなのかもしれません。
参考資料・出典
・巌谷小波 述・東屋西丸 記『日本昔噺 第拾九編』博文館(第19編「一寸法師」)
・国立国会図書館 レファレンス協同データベース「『一寸法師』の原文および現代語訳が掲載されている本はあるか。原文についてはなるべく古いものが見たい。」

